逆思考問題の5歳児の理解能力

“逆思考の問題”という文章問題があります。文章表現は増加場面であるのに、引き算を用いる問題や、逆に減少場面であるのに足し算を用いる問題などです。

逆思考問題における5歳児の理解状況を調べる実験をしてみました。「袋の中にブロックが何個か入っています。3個取り出したら残りは2個になりました。袋には、何個入っていたでしょうか」という問題を考えました。“取り出す”という行動は減らす行動なので、引き算を連想するが実際に使用するのは足し算のため小学2年生で学習する内容になっています。ですから、学校で学習する問題に用いるのは2桁の数になります。

机を挟んで担任が一人の幼児と向かい合い、この種の問を始めました。紙袋からブロックを2個取り出して机の上に置き、次にその紙袋を逆さにして、中の3個のブロックをすべて出して、さっきの2個のブロックと少し離れたところに置き、「最初、紙袋の中にブロックは何個ありましたか」、と聞いたら「2個」と答えました。“最初”という言葉を聞いて、“最初”、机に置いたブロックの個数を聞かれたと考えたようです。何とか理解させて5個と答えてくれましたが、次の幼児も1回目は「2個」と答えました。

そこで、その次の幼児からは、ブロックを3個入れた別の紙袋を用意して、最初に幼児にこの紙袋の中のブロックを取り出させて数えさせ、紙袋にブロックが何個入っていたかを尋ねました。この後で先ほどの問を、“最初”という言葉を用いずに実施したらほぼ全員が正解しました。机の上の2カ所にあるすべてのブロックの個数を言えばよいことは理解しているようです。

最後の問は、また別の紙袋を用意して、担任がその中から3個のブロックを机の上に置いたのち、紙袋の中をのぞいてまだ1個入っていると告げたのち、幼児には紙袋の中を見せずに、ブロックが何個入っていたかを尋ねました。この場合、机の上のブロック数に、担任が告げた1が正解になります。これもほぼ全員が正解したのですが、男児に比べて女児の方がどうも理解に時間がかかるようでした。抽象的な思考は男児の方が優れているという報告もありますが、今回の場合は幼児数が多くないので、立証するにはもっと被験児を増やして調べる必要があります。

いずれにせよ、このような逆思考問題は、5歳児が理解できることが分かりました。

幼児実験では、幼児に活動内容を正しく理解させる工夫が大事です。今回は“最初”という言葉が誤解されるものでした。正しく理解させるため、最終的には以下のようにしました。

 

幼児に、並んだ紙袋3個を見せる。「この3個の袋の中にはブロックが何個か入っています。何個ずつ入っているかを調べましょう」と担任が伝える。いずれの場合も担任は、「何個入っていたかな」と問いかける。

1番目の袋:紙袋から幼児にブロックを取り出させて数えさせる。

2番目の袋:担任がまず2個取り出して机の上に置く。紙袋を逆さにして残りのブロックをすべて出して机の上に少し離しておく。

3番目の袋:担任がまず3個取り出して机の上に置く。担任が紙袋の中をのぞいてまだ1個入っていると伝える。

幼児に役割分担させる指導法

2歳児実験のときのことです。

 担任が机の上に積み木を1,2枚置き、次に幼児がその枚数回だけタンバリンを叩く、という遊びの実験をしました。机の上の積み木の個数を、タンバリンを叩く回数で表現できるかどうかという実験です。幼児が上手く集中できないケースが続いて、どうしたものかと思案していました。
すると担任の先生が次に入ってきた幼児に向かって、「これから積み木とタンバリンを使った遊びをしようね。積み木をこのように(2個)置いたらその後でタンバリンをこう(2回)叩きます。わかった?積み木をこう置いて、タンバリンをこう叩きます。」といって見本を見せました。そしてその後で「この遊びを先生と○○ちゃんの二人でしようね。先生が積み木を置くから、○○ちゃんはタンバリンを叩いてね」と伝えてから実験を始めました。
するとこれまでの園児とは違って、集中してタンバリンを叩くようになりました。
A:積み木を置く、B:タンバリンを叩く、とすると最初の手法は、”問題Aです。Bの様に答えて下さい”であり、担任が考えた方法は、”A+Bという作業がある。前半のAを担任がするから後半のBを幼児が手伝って欲しい”という感じのものです。一つの作業を分担して、先生と幼児の二人で一緒にやろう、と云う表現を用いることによって、幼児にも使命感や責任感を持たせて、積極的に参加させる素晴らしい方法でした。
遊んだ後のおもちゃを幼児に仕舞わせるのに、「このおもちゃ、どこへ仕舞うんだったかしら、お母さん忘れちゃった。教えて」というと子どもが自分からちゃんと仕舞うとか、電車のホームで「お父さん、手を離していると線路に落ちそうだから、○○ちゃんお父さんの手を繋いでいてちょうだい」と伝えると幼児がしっかりお父さんと手を繋いでいてくれる、などという話がありますが、それと同じように幼児をその気にさせる素晴らしい方法でした。さすが、幼児の扱いに慣れた先生です。感服しました。

先取り幼児算数教育の弊害

現在行われている就学前の幼児の算数教育の多くは,小学校算数教育の先取り教育です.

幼児学習雑誌,幼児用ドリル集などはいずれも10までの数と数字を学習させ,さらには簡単な足し算・引き算を学ばせます.

幼児が自分から興味を持ち,理解してそれらを学習するのは構いません.

しかし,数や足し算,引き算を完全に理解しているのでないのにこれらを学習させるとテクニックだけを覚えてしまい,論理的思考力の自然な習得が出来なくなります.

数概念は人類が時間をかけて獲得してきたものです.数のない段階や,それまで獲得した数の各段階において,そこまでの数の世界で解決が無理な問題を解く必要に迫られたときに人類が新たな数や概念を考案し,導入してきたのです.

必要に迫られていない段階で,20や30あるいは100までの数を唱える訓練をしたり,数字が書けるようにするのは疑問があります.

論理的に考える能力を身につける前に数詞や足し算・引き算を中途半端に学習すると素直な論理的思考を阻害することがあります.

数や計算はとてつもなく強力な武器です.そのため,数と計算を知ると論理的思考が不十分でも正解が得られてしまいます.

文章問題を解く時を考えましょう.先取り学習で足し算・引き算を既に学習していると,子どもはその文章に対しどの計算を用いるのかをまず考えるようになります.足し算を使う問題か,引き算を使う問題かと考えます.本当は問題を分析して理解し,その思考に合う計算として足し算や引き算を選択する訳ですが,逆になっています.

年長児実験で次のような問題を何題か出しました.

”庭に木の葉が3枚落ちています。風が吹いてきて、1枚飛んでいきました。もう1枚飛んでいきました。今度は,1枚落ちてきました。何枚残っていますか。”

多くの子は無理なく正解していきました(5までわかれば算数はできる).

算数の先取り教育をうけている幼児がなかなか正答にたどり着けず苦労していました.その子たちにしてみれば,”足し算と引き算の混じった計算なんか習っていない!!”,だったのかも知れません.

この問題は足し算や引き算に繋がる前段階の問題で,これらの計算の本質をつく場面設定になっています.二つの数の足し算から,三つ以上の数の足し算,足し算と引き算の混合算をごく自然に理解させる問題です.この種の問題などを幼児期に考えることが論理的思考力開発に有効であると考えます.

 

 

保育所保護者へのお手紙

以前,算数教育というブログを長谷川武博先生(現:滋賀大学教育学部講師)と一緒に運営していました.

その時の記事から2011年01月16日(Sun)のものを一部修正して転載します.

幼児実験を行っていた保育所の保護者へ差し上げたものです.

以下転載

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幼児の実験などでお世話になっている都留市内の保育所の保護者に挨拶文を差し上げました。御家庭でできる数概念指導などを紹介しましたので、転載します。

○○保育所の園児の保護者の皆様、初めまして。
都留文科大学初等教育学科で算数教育、数学に関する講義・研究をしている植村でございます。幼児の数概念はどのようなものであるかを、皆様のお子様達に実験をお願いしながら、調べております。保護者の皆様のご理解とご協力に感謝しております。

小・中学校での算数・数学の授業が苦痛であったという方も多いかと思います。逆に、一生懸命考えた問題が解けたときは、嬉しかったという人もいらっしゃる ことでしょう。また、お子様が小学校入学の後、算数で苦しまないように今の段階でできることがあるなら実行してみたいと考える方も多いでしょう。その場 合、まず思いつくことは、小学校での算数の先取り学習です。

10まで、あるいは20さらには100まで、数を数えられる。
数字の読み書きができ、2+4や3+6などの足し算の式の答えが正しく書ける。

これらではないでしょうか。私はこの学習法には疑問をもっています。

人類が数の概念を獲得するまでには長い時間がかかっています。数を用いることなく量の多少などを判断していた長い期間があります。その期間に、人類が苦労 して獲得した知識が基となって数が誕生したのです。小学校に入る前に必要なことは、数を覚えたり1年生の学習が判るというのではなく、数を発明するに至っ た人たちと同様に、現在の数の概念につながる体験をできるだけ多くすることと思います。

音の回数と物の個数の関係は、乳児でも判断でき るという報告があります。スクリーンの向こうで、何か物が落ちる音が2回した後、スクリーンをあげます。人形が2つある場合と、3つか1つある場合では乳 児の反応が違うそうです。3つや1つの場合はびっくりして、2つの場合よりも長い間人形を見つめるそうです。落ちる音は2回だったのに、なぜ3つ(1つ) あるのだろう?

このことを応用するだけで御家庭で幼児に多くの体験をさせることができます。
まだ数を知らないお子さんにお皿を 3枚持ってきてほしいという場合、2通りの方法を紹介しましょう。ひとつは、「おじいさんの分、おばあさんの分、○○ちゃんの分のお皿を持ってきて」であ り、他の一つとして「今からお母さんが手を叩いた分だけお皿を持ってきて」といって手を3回叩く方法です。

拍数を物と対応させることも 可能です。「ママが手を1回叩いたらミカン、2回はリンゴ、3回はバナナ」と決めておいて手を叩き、子どもに当てさせるゲームが考えられます。そして夕飯 前に帰ってきたパパをびっくりさせるもう一つのゲームがあります。「パパ、僕はパパがママに何を言うかわかるんだよ。うそだと思ったらミカン、リンゴ、バ ナナのどれかをママにいってごらん。僕は絶対当てるから」、可愛い我が子からこのように言われてママに何も言わないパパはいません。そしてママはあらかじめ子どもと決めてお いた約束に従って,パパの言った果物の名前の回数分だけ手を叩けばよいのです。パパもママも今日一日の疲れがすべてふっとんでしまいます。

私はこのような、普段の生活における何気ない体験が幼児の数概念を豊かなものに作り上げていくと思っています。

植村

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転載終わり

 

私はこのような遊びは,順序数理解に有効と考えています.

 

 

新聞記事と年中児順序数実験

12月21日(土)の山梨日日新聞に,実験風景が紹介されました.18日(水)の年中児実験の様子です.

(画像記事転載の許諾申請中です.)

多くの人に知ってもらえるというのは有難いことです.

この日の実験内容は前回紹介した年長児の,集合数と順序数のものと同じです.ただ拍数を4拍以下にしました.

その結果年中児でも年長児と同様に,集合数と順序数の概念がある事が判りました.

更に驚くべきことに,今度は逆に,担任が積み木を3個左にずらしたり(集合数),左から2番目の積み木を幼児側に動かしたり(順序数)して,幼児に対応する楽器を正しい回数だけ叩くように伝えた場合でもほとんどにおいて,正しい楽器を選択して正しい回数だけ楽器を叩くことができました.

これは,小学校での”ひだりから 3ひきの いぬのえに いろを ぬりましょう”とか,”ひだりから 3ばんめの いぬのえに いろをぬりましょう”という問題に対応する問です.このような問をほとんど正解できることが分かりました.

年長児実験でも,これを行いましたが結果は年中児の方が優れていました.実は年中児にこれら逆の型の問を与えるとき,何回か練習させて理解した後に実験を開始しました.

年長児実験では,この練習なしに,逆型の問題を直ぐに与えました.そのため第1問の正解者は少なく,その後の問も時々間違いがありました.練習の意義を改めて実感しました.

幼児算数教育研究所

 

 

集合数・順序数の年長児実験

1,2,3などの数詞を用いずに年長児が集合数(前から3人)と順序数(前から3番目)を区別して理解できると前回述べました.今回はその時の,数詞を用いない実験方法についてお話しします.

用意したのは,タンバリン,カスタネット,それと横に並べた10個の積み木です.

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幼児は写真の左側に,担任は右側に座ります.

先生がタンバリンを叩いたときは,左端から叩いた拍数個の積み木を,左へ(写真では上へ)ずらすように伝えます.タンバリンを3回叩いたときは,積み木3個を図の上側へずらします.そして,カスタネットを叩いた場合は,叩いた拍数目の積み木1個を幼児の手前(写真では左)へずらすように伝えます.カスタネットを3回叩いたときは,図の上から3番目の積み木1個を図の左側へずらします.叩く回数は5回以下です.

これにより,タンバリンを叩くことは集合数を,カスタネットを叩くことは順序数を表すことになります.タンバリンだけ,あるいはカスタネットだけならほとんどが正しくできると予想するかもしれません.

でも5歳児は素晴らしいことに,実験したのは9人でしたが,タンバリンとカスタネットを一緒に置いて,どちらかを叩いた場合でも,ほとんどが正解しました.各楽器を1回から5回までランダムに叩きましたから,全部で10回調べました.間違えた幼児がいたのは,5回叩いたときと,楽器を換えた直後に限られていました.

5歳児は4以下であれば集合数と順序数の違いをほぼ正確に理解していることになります.しかし1年生の授業の”まえから3にん”と”まえから3ばんめ”では間違えるのです.実験結果は,数詞を用いず5歳児にこの2つの概念を体験させることが可能であることと,1年生にこの2つの概念を正しく教える方法があることを示唆しています.

幼児算数教育研究所

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”まえから3にん”と”まえから3ばんめ”

土曜日に2週連続で学会報告してきました.

16日は宇都宮,日本数学教育学会(日数教)で,23日は千葉,日本乳幼児教育学会(乳幼児学会)です.

”まえから3にん”と”まえから3ばんめ”は,それぞれ集合数と順序数と呼ばれる概念の実例です.”1から10までの数の学習”に続いて1年生で学習します.指導書の記述では,”1学年の児童にとって,集合数と順序数の意味を明確に区別してとらえるのは易しいことではない”とあります.

年中児は,集合数と順序数の概念を所有していること(乳幼児学会),年長児は,集合数と順序数を判定する能力があること(日数教)を園児に対する実験結果に基づいて報告しました.

両学会とも参加者と熱心な議論を交わしました.乳幼児学会では,私の次の講演発表が取り消しとなったため,空いた時間もすべて私の講演の補足と討論に費やし,原稿にはなかった前週の日数教用の年長児の結果もスライド説明し,結果としては,非常に充実したものになりました.

日数教の大会では千葉大学の松尾先生と意見交換し,一週間後の乳幼児学会時に先生の研究室で研究打ち合わせを行いました.幼児算数教育をどのように発展させていくかという議論をしました.先生から宿題を出され,これからも色々協力して行くことになりました.両学会を通じて研究者との交流も多くあり,これからの活動につながる有意義な学会参加になりました.

 

 

 

 

初めまして

幼児算数教育研究所ブログにようこそ。

当NPOでは,幼児算数教育に関する実験を行い得られた成果を世の中に広めるのを目的とします。

ティータイムの雑談を楽しむ感覚でブログを作成していきたいと思っています。